自縄自縛 2
翌日。
と青華は 川に洗濯に連れ立って来ていた。
の心のうちなど 露ほども知らない青華は 残酷なくらいに 清く明るかった。
なんでもない振りをしながら 洗濯をしなければならないには
拷問のような時間が続く。
「様 玄奘様が 当寺にいらっしゃったのは 8年前の私が10歳の頃なんです。
お師匠様の形見の経文を探されているとかで
三蔵様も15歳くらいだったでしょうか。
子供心にも 本当に綺麗で 崇高な法師様だったというのを 覚えています。」
「そうですか。
ところで 青華様は 三蔵の事を『玄奘様』と 呼ばれるのですね。」
「はい 父が 光明三蔵法師様と知人だったこともあって、
称号ではなく 法名の方で呼ばせていただいています。」
三蔵を語るときの青華の瞳の輝き、何も知らないからこその無垢なる清らかさ、
それらが 無言の圧力となって にのしかかってくる。
「あの 様、
様以外は 男の方たちばかりの旅でございましょう?
ご不自由はありませんか?」
「まあ 旅という事もあって 多少はありますが、我慢できるほどのものです。
皆 優しい人たちですし 気遣っていただいております。」
「どうして この旅に同行されているのですか?」
「はい 桃源郷の川や湖や水源の水質や汚染状況を
調査するために同行させていただいてます。
妖怪の暴走とかが 土地や水に影響を及ぼしていないかを 調べるためです。」
「そうなんですか・・・・・・、
でも それなら 何も玄奘様たちとご一緒でなくても よろしいのではないですか?」
「それは そうするようにという 三仏神様からのご命令でございますれば、
私にはお答えしようがございません。
ただ 命令に従い 共に旅をしながら 調査に当たっております。」
このときほど 観音の与えてくれた旅の名目が助かった事はないと、
は思っていた。
について この川原に一緒に来ていたリムジンとジープは 心配するように、
の側から離れようとはしない。
動物の感とでもいうのだろうか 2匹なりに何かを感じているのだった。
昨夜も 2匹はと同じ部屋で休んだ。
そして 今日も朝からの後ろを付いて飛んだり歩いたり側に座ったりしている。
リムジンは いつものことだが ジープまでというのは 珍しいことだった。
その姿を 微笑ながら見ていた 青華は に尋ねた。
「様 失礼な事を お尋ねしますが、
様は 八戒様か悟浄様の想い人なのでしょうか?
玄奘様は 僧の中でも至高の位につくお方、
望んでもそのお情けはいただけないでしょう。
それに 玄奘様は そのお心も孤高の方。
女になど 気をお許しにはならないはずでございます。
もし 何かのはずみで 情けをお掛けになったとしても それは 憐れみか慰めのために
されることではないでしょうか。
どんな女性にも あのお心を 捧げられたりしないと断言できます。
父は 母と共に生きるために 僧としてではなく
寺の管理人としての道を選びました。
それは父の生き方でしょうが 玄奘様には
そのようなマネはしていただきたくありません。」
晴れた空を見上げながら そう言い切った青華を は複雑な思いで見ていた。
洗濯を干し終えて は 独り散歩に出た。
相変わらず 2匹の竜は それを追って来る。
寺からさほど遠くない 草原にやって来たは 2匹の竜に話しかけた。
「リムもジープも それほど私が心配なの?
貴方達 昨日から私に付きっ切りですよ。
自分では それほど 落ち込んだりしていないつもりなのだけれど、
動物の感は 侮りがたいということかしら・・・・・思っているよりも こたえているのね。」
は 寂しそうに ポツリとつぶやいた。
「キュ〜」とジープが 悲しげに啼く。
リムは 無言のまま 思案していたようだったが、若い男性の姿に変化し
を抱きしめて その背中を優しく撫でた。
変化をするとき 何かイメージしなければ それは形を成さない。
今 リムジンが選んだイメージは 同じの守護を預かる闘神のものだった。
に言われて 天界での悟空の記憶を呼び起こさないようにするために、
那咤・金蝉・捲簾・天蓬の4人には 変化しない様にしている。
そうなると 天界の仲間の闘神がよいだろうと リムは判断していた。
地上の誰にも その姿が重ならないのも 都合が良かった。
は リムジンが変化した 闘神に抱きしめられ 優しく背中を撫でてもらううちに、
自分の中で 煮詰まってしまっていた想いが 溢れ出てくるのを 感じていた。
気付かぬうちに 涙が頬をぬらしている。
それに気付くと もうそれは止まらなかった。
嗚咽を漏らしながら リムの胸で は泣いた。
ジープは リムの肩にとまって それを悲しそうに見ていた。
は泣きながら 何がそれほどに 自分を泣かせるのかが 判らなかった。
青華と比べて 自分が血と怨詛で 汚れていると感じたためだろうか?
三蔵には誰も相応しくないと 言われたためだろうか?
三蔵が 青華を側に寄せる事を 許しているせいだろうか?
今更ながら 三蔵が最高僧として仏門に生きているということを
思い知ったためだろうか?
そのどれもが違うようでいて すべてが当てはまるといった感じなのだ。
少し 疲れているのかもしれない・・・・・と は思った。
そう どこかで 思いつくと 心の中が静かになっていく。
涙も 自然と止まり リムジンの胸の温かさが 心地よかった。
「様 大丈夫でございますか?
いつもと比べると お心の中が ざわめいておられる様で 心配致しております。
このところ 敵の襲撃も頻繁でしたし 今は 三蔵様とも離れておいでで、
お辛いのではありませんか?
私とジープ殿では 事足りぬとは思いますが、お側に置いて下さい。」
「キュキュウ〜。」と リムジンとジープは を慰めた。
「ありがとう 貴方たち2人がいてくれることで 私がどんなに救われていることか・・・、
いつも感謝しています。
大丈夫ですよ 少し疲れて 弱気になっているのでしょう。
そうでなければ 笑って済ませることばかりですのに、
貴方達にまで これほど心配をかけるなんていたらない主人で ごめんなさいね。」
儚いような笑顔ではあったけれども とりあえず 微笑むと はそう言った。
------------------------------------------------------
